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最高裁判所第一小法廷 昭和41年(あ)2952号 決定

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人田中万一の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて(なお、本件儀礼刀を銃砲刀剣類等所持取締法三条一項、二条二項にいう刀剣類に当るものとした原審の判断は相当である。)。刑訴法四〇五条の上告理由に当らない。

よつて、同四一四条、三八六条一項三号により裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。(岩田誠 入江俊郎 長部謹吾 松田二郎 大隅健一郎)

弁護人田中万一の上告趣意

第一点 原判決は、罪とならない事実に対して有罪と認定した違法がある。

一、銃砲刀剣類等所持取締法において取締対象とされている刀剣類とは、社会通念上、刀または剣等のそれぞれの類型にあてはまる形態と実質とを備えている刃物を指称するものと解するのを相当とし(昭和三一年四月一〇日最高裁判所第三小法廷判決参照)、また、刀の形態を備えていても、その実質すなわち(一)鋼質性材料をもつて製作された刃物、(二)または、ある程度の加工により、刃物となり得るものであることを備えていないものは、法にいう刀剣類にはあたらないと解すべきものと思われる(昭和三六年三月七日最高裁判所第三小法廷判決参照)。

換言すれば、鋼質性材料をもつて製作されたもので、刀剣の形態を備えているものであつても、それが通常、人の身体を損傷する用に供される危険性があるものでなければ、社会通念上刃物とは認め難く、また、それが通常、ある程度の加工によつて刃物となり得ないものはこれまた刃物とは認め難く、このようなものは結局法にいう刀剣類にはあたらないのである。

二、ところで、本件儀礼刀は、鋼質性材料をもつて製作されていることは認められるが、押収にかかる本件儀礼刀そのものの観察によつて明らかなように、その刃先は相当の厚味をもつて危険性のないようにすべて潰してあり、刀身全体に刃はつけてないのである。この儀礼刀はもともと装飾用、儀礼用として製作されたものであるから、製作の際危険性のないように刃先を潰してあるのであつて、勿論、これにある程度の加工を加えて刃物とされるだろうとの意図があつて作られたものではなく、このようにわざわざ危険性のないように刃先を潰して作つてある儀礼刀は、社会通念上刃物とは到底認め難いのである。

三、次に、この儀礼刀が、ある程度の加工によつて刃物となり得るかどうかの点について、第一審鑑定人徳永勲、宮崎豊作成の鑑定書によると、本件儀礼刀に刃をつけるには、電動式グラインダーを使用して切削した後、砥石を使用して研磨すれば、その所要時間は約七、八時間であり、また、電動式か手動式のグラインダーを使用せずして、平ヤスリを使用して切削した後、砥石で研磨すればその所要時間は約十四時間と考えられるとのことであるが、この鑑定書のとおりであるとしても、一般世人が通常考えられる手近かな方法によつて加工するとして、決して短時間に容易に刃をつけ得られるものでないことが認められる。

鑑定書記載のような一般世人が容易に入手使用のでき難い特別の機械器具を用いても、なおかつ七、八時間乃至十四時間位も加工しなければ刃がつけ得られないような場合は、前述の刀剣の意義にいう「ある程度の加工によつて刃物となり得るもの」に該当するとは常識上到底認め難い。

たとえば、装飾用、試作用等のため作られるものが、一応刀剣の形態を備えてはいるが、全然刃先をつけてなく、鋼質性ではあるが、未だ素材の程度のものや、実社会において多くの事例が見受けられるような刀剣の形態に似た鋼質性の素材に過ぎない程度のものに対し、グラインダー等の切削、研磨の機械、器具を使用すれば、七、八時間乃至十四時間位で刃先の全部または一部がつけ得られることをもつて、「ある程度の加工によつて刃物となり得るもの」として、これらを刀剣類に該当すると解することは社会通念上到底首肯することができないのであつて、この理は本件儀礼刀の場合にも通ずるものがあると思われる。

四、本件儀礼刀は、儀礼用、装飾用として製作されたものであつて、このことはその外装や、刀身の刃先が完全に潰されてあつて、素人が容易に刃をつけることができないようにしてあることからも明らかであり、刀剣の形態は備えているが、通常、人を損傷するに足りる危険性のある刃物とは認められず、全体として受くる感じは専ら儀礼用、装飾用品という感じである。

すなわち、本件儀礼刀の形態、実質、製作の目的、用途、更には人を損傷する危険性がないこと等に照らし、刀剣類所持禁止の法意が、通常、人の身体を損傷する用に供される危険性のあるものを取締るにあることに鑑みると、本件儀礼刀は法にいう刀剣類には該当しないものと信ずる。

然るに原判決は、ある程度の加工により容易に刃をつけうることが肯認されるとして、結局法に規定する刀剣類に該当すると認定されたことは失当である。<以下略>

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